寝るキュー

 
「成義です」
「和夫です」
「今日は、劇団ゲキハロ第2回公演 『寝る子は℃-ute』の感想をお送りします」
「お送りしちゃうよ」
「・・・界隈では、終わったばかりの『サンクユー』とか、DVDが出た『あたるも八卦』がにぎわってる中、僕らは『寝るキュー』というね・・・」
「いいじゃねえか 名作なんだろ?」
「ええ、それはそうですけど、今さらすぎるんで僕の感想はナシってことで」
「え いいのかよ」
「いや、もうさんざん語り尽くされてるんですよ ℃-uteにとって大切なもの、という認識は皆と一緒なんで、それ以上語るのも野暮かなって」
「ふーん」
「ていうか、カズさんの感想が気になるんで」
「あー、おもしろかったよ」
「やっぱりね」
「成義くんはこれ、どういう風に見た?」
「え? どういうって?」
「いい話だな、とか思った?」
「当たり前じゃないですか だから面白いんでしょ」
「なるほどね」
「なんすか、その言い方 いい話じゃないって言うつもりですか?」
「いや、そうじゃない いろんな見方のできる舞台だ、というのが俺の感想だ」
「あ、言葉尻だけつかまえて、変な妄想を膨らませるパターンでしょ」
「それでは・・・ チャーラッ!」
 

「生きててよかった」で、それでいいのか?

 
「なんすか、急に 自分で効果音まで入れて」
「これから語る上で最も大事なことを、まず出してみた」
「なんか嫌な予感がする見出しだなあ・・・」
「おそらく、成義くんが『いい話』だと思ったのは、則松(鈴木愛理)が来夏(矢島舞美)に言い寄るこのシーンがポイントだろう」
 

 

 
「なんで言えないの!? 『みんな生きててよかった』って」
 

 
「ポイントもなにも、これが一番大きいテーマですから」
「ここでさ、変な違和感みたいなの感じなかった?」
「あ、そうか キツい言い方してても愛理はかわいいってことですね?」
「ああ あの舌っ足らずな言い方がまたなんとも ・・・って、そうじゃねえ!」
「めずらしくノッてきましたね」
「あのな、『生きてて良かったと思う気持ち』とか、『みんなの心配を察することの大事さ』とか、そういうことを言いたいんだろ? この場面は」
「みんなに対するやさしい気持ち、ですね」
「それを否定するつもりはない」
「じゃ、今日はこれでオシマ・・・」
「ただ、それと引きかえに置き去りにされたものがある」
「んもう 何なんすか」
 

来夏は間違っていたのか?

 
「いいか、ここで重要なのは矢島さんの気持ちだ」
「“来夏”でしょ 本名じゃなくて、役名で言ってくださいよ」
 

 

 
「うち、なんで燃えてんの!?」
 

 
「勝手に夜更かしして、火ほったらかして出かけて もうホント、何やってんのよ、アンタたち!」
 

 
「あなた、管理人でしょ? なんで管理しないの!? しっかりしてよ!」
 

 
「この来夏の言ってること、つくづく正論だと思わんか?」
「理屈は間違ってないけど、言い方が良くないんですよ あと、『子供たちだけでも出来る』って、そればっかり気にしてるから・・・」
「そこ! そこなんだよ!」
「わ! 急にうるさいな もう」
「そのセリフは、『もう子供たちだけで旅行できなくなるぞ』って妹たちにわからせるためのもんで、来夏が本当に言いたいのは違うんだよ」
「じゃあ、何ですか」
「火事をナめるな、ってことだ」
「それ、カズさんがそう思ってるだけでしょ」
「ああ、俺の解釈だよ 今まで言ったことも、これから言うこともな」
「まだ言うことあるんですか・・・」
「いいか じゃあ、来夏の気持ちを考えたか?」
「まあ、怒りたくなる気持ちもわかりますけど」
「だろ? 寝てて、目が覚めたら誰もいなくて、そのうえ火事になってんだぞ?」
「でも、みんなの気持ちが通じたから、来夏も『ごめん』って言ってるんじゃないですか」
「いや、それは来夏が“大人”だから、自分から折れたんだよ」
「“折れる”とかじゃないでしょ」
「俺には来夏って子が、ただガミガミうるさいだけの人間には思えないんだよ」
「なんか、わざと変な見方してるだけなんじゃ・・・」
「あの年頃で周りを叱るって、相当に難しいことだぞ? んじゃ、なにか? 誰も怒らなければ、それが平和でいいことなのか? 叱られもせずに一人前になった奴が、どこにいるものか!」
「なんですか、その変なポーズは」
「で、そんな来夏と対比させることで、一つの考えが思い浮かぶんだが・・・」
 

則松は「いい人」なのか?

 
「かなりコジれてきちゃったなあ・・・」
「さっき言った『違和感』な、もう一つ理由があるとすれば、この則松ってキャラクターにあるんだよ」
「みんなの気持ちを代弁してくれたでしょ? それを無視するんですか」
「だから、それは別に悪いことじゃない だけど、この子は自分の意見を通しただけで終わってるって思わないか?」
「終わってる?」
「則松は来夏に謝ってないんだよ」
「それは来夏が自分の非を認めたからじゃないですか」
「じゃあ、則松は絶対的に正しいのか?」
「えぇ?」
「『みんなの気持ちをわかってやれ』って来夏に言ってるけど、じゃあ、則松も妹たちも来夏の気持ちをわかろうとしたのか?」
「じゃあ、来夏が正しいっていうんですか?」
「白か黒か、じゃねえんだよ 則松の言い分だけじゃなくて、来夏の気持ちも汲んでやる それが『わかり合う』ってことじゃねーの?ってな」
「ていうか、あそこは子供同士のやりとりなんだから・・・」
「だいたいな、あの則松って最初から嫌なキャラに見えてたんだよな」
 

 

 
「なに?あの来夏とかいう女 超ムカつく」
 
 

 
「“次の日カレー”? わ、夕べのカレーか」
 

 
「ずいぶん、あからさまな手抜きですな」
 

 
「驚いたね 海いく前に、自主的に準備体操する子供がいるとはね」
 

 
「帰りにきれいな貝ガラ拾ってくるからね キラキラ光る、きれいな貝ガラね」
 

 
「あ・・・ いらない」
 

 
「貝ガラのくだりは、笑うとこだし」
「もうな、ファーストコンタクトから来夏に対して『なんだコイツ?』って思ってるんだよ だから、ラストは『言い負かそう』としてるだけなのかもしれないんだな」
「なんすか、もう 最初は『おもしろかった』って言ってたのに、結局すごい否定的じゃないですか・・・」
「否定してるわけじゃねえよ 最初に言っただろ? 『いろんな見方のできる舞台だ』って」
「こんなキモい見方、カズさんしかしてませんよ」
「そうかな・・・ あ、あと一つだけ重要なことがある」
「まだあるんすか」
 

この物語に“大人”はいない

 
「来夏の気持ちはどうなるんだ? という問題は、さっき言ったとおりだ」
「『来夏がいい人だったら説』ならね」
「でな、来夏が火事のことで怒ってるとき、大人はみんな黙ってるんだよ」
「そりゃあ、言い返すわけにもいかないでしょ」
「そうじゃない 大人が叱るべきなのに、来夏に任せちゃってるってこと」
「来夏がいきなり怒り出したんだから、どうしようもないですよ」
「あー・・・ じゃあ、それはいいとして」
「いいんかい・・・」
「ただ、来夏へのフォローだけは大人がするべきなんだな」
「フォロー? 謝るんじゃなくて?」
「叱ったのは正しい、そして偉い、とな」
「それよりも大切なことがある、って話なのに」
「あるいは、則松に『来夏の立場もわかってやれ』と言う、でもいい」
「どんだけ則松のこと嫌いなんですか」
「それをな、『モーレツに感動してる』とか『寝る子はキュートだな』とか、そうじゃねえだろって」
「無職ひきこもりのカズさんに言われたくないですよ ・・・ていうか、ずいぶん話が長くなってきたなあ・・・」
「・・・ん? じゃあ、そろそろまとめるか」
「サッとね」
 

見るたびに新しい発見があってこそ名作

 
「これはガンダムイデオンにも言えることだが・・・」
「なんでアニメ限定なんすか しかも古いのばっか」
「まあ、今回の俺の解釈は、相当ねじ曲がったものだと自覚はしている」
「ホントかなあ・・・」
「だが、そんな考え方が出来たのは、この作品がよく出来ているからだ」
「あ、最後フォローしとけば叩かれない、とか思ってるでしょ?」
「違ぇよ 他の薄っぺらな舞台だったら、ここまで考えることなんて出来ないんだよ」
「他のって・・・ いや、聞くのはやめとこう」
「『則松が正しい、来夏が悪い』でもいいんだけど、それをいっぺんリセットして見直すと、新しい発見があるだろうよ」
「まあ、また見たくなってきた気持ちはありますね」
「自分が持ってる先入観を、いったん否定してみるんだよ そうすると、たとえばだな・・・来夏を始末するためにバカヒロが火事を起こしたんじゃないか、とかな・・・」
「サスペンス好きの主婦じゃないんだから」
「あるいは、火事が事件として明るみに出て損害賠償とかなったらバイト代もらえなくなるから則松は来夏を丸め込んだ、とかな」
「則松悪人説しかないんすか」
「あ、今のいいな あのイシゾーが黙ってたのも、それでうなずけるし・・・」
「えーっと、ここまで見てもらってる皆さん ・・・なんか、すいませんでした いろいろ」
「ていうか、全員グルで来夏に芝居をうったとか・・・」
「カズさんって、ジブリの映画でも感動しないっていう人なんで、なるべくやさしい目で今後とも見てやってください」